我の箱に思想はあるか。

 Web読書手帖http://yotsuya.exblog.jp/不忍フックストリートの「棚の思想」 というタイトルで四谷書房さんが、イタイことを書いておられます。
 四谷書房さんは上々堂のご主人のbloghttp://shanshando.exblog.jp/d2006-04-23を引きながら、書いておられます。どちらの文章もオリジナルを是非読んでいただきたいのですが。
 私の脳内では「箱はヒトなりであるよ」「イイカンブシに本詰め込むだけじゃだめなのよ」「間に合わせの不用本整理ダケではいけないのよ」「そんな箱では本と人との出会いをつくれないよ」という妄想要約になります。
 自分の棚(=箱)を想って、なんか情けない気分です。思いを体現するべき本は必ずしも(実は、というべきかもしれません)その一箱をすら埋めるには足らない。在庫と蔵書を心の中で混同しているせいなのでしょう。蔵書は多くても、処分可能な在庫は案外に少ないもののようです。しかし、箱は埋められねばならない。
 当初はもっと違う箱になるはずだったのに。ああ。棒ほど願って、針ほど叶う、ってのはこういうことをいうのだねい。
 自分のやってることに自信がないもんだから、すっかりナーバス。